開設にあたり  更新録
 

 以前、「今西錦司の世界」というサイトをつくりました。途中で環境が変わり、更新ができないまま一年以上経ってしまいました。おもに、自然の構造論と進化を扱った内容でしたが、作りながら私は、今西進化論の主体的な進化、自律的な進化の運動要因が、今一つ良く説明できなかったのです。

 「もと一つ」から生じた生命から分かれたということ、種と個体という階層によって、調和した世界観を導くことは理解できたのですが、進化そのものの要因を見つけだすことができなかったのです。

 この「今西錦司の世界」と格闘している間に、導かれるようにシェリングの「自然は、眼に見える精神であり、精神は、眼に見えない自然である」という言葉に出会いました。
 「今西錦司の世界」は、カウントも20000件を超え(2001年7月現在)、好意的なメールも頂きつつ、更新できない状態でそのままになっているため、今回は、補足、姉妹版のような別のかたちで、自然が運動するメカニズムを、すこし付け加えたいと思いました。前サイトは、インデックスの自然哲学2を書こうとして留まっており、その続きになりますが、あるいは今西進化論の前提のような内容になると思います。
 今回のページは、あと半年くらい更新を続けることが出来そうなので、また頑張ります。 いずれ「今西錦司の世界」の内容も手直ししたいため、こちらの項目も取り込んでまとめてみたいと思っています。

 このサイトでも、「今西錦司の世界」でもそうでしたが、やはり人間のことは私の任としては重いのであまり触れません。ここでとりあげられるのは人間精神に至る以前の、やはり未成熟な精神であり、アニミズム的世界観ですが、しかし、それでも唯物論に反旗を翻すけなげな精神です。

 自然哲学を考えることが、自然に対する優しさと、真実の進化論と、人間のための医学と、有機農業をはぐくむことを予言しつつ、20世紀の極端な科学思想への反省と、新たな自然科学のステージを提供できることを祈ります。
 オート・ポイエシスなど新しい科学思想のなかで、シェリングの名前が復活しておりますが、このページはシェリング自然哲学入門のような内容もはたしたいと思います。
 そのあとで、目の前に広がる宇宙を、自然をごらんになってください。もと一つのものから生まれた自然界の進化の根源は、創られたものが創ったものを愛する力である、というメッセージを。  2001.8.12



 開設いたします。よろしくおねがいしたします。   2001.8.22


 少し文章を丁寧に書き換えました。私達をはぐくむ大いなる自然生命に感謝を添えて。  2001.9.10


 学問論のノート開始。 9.15


 学問論、昨日に引き続き更新。自然も、人類の歴史も、謙虚にてその大いなる愛を顕示しようとはしない。しかし、自らが愛の思いに満ちたとき、自然や歴史は愛を語り始める。その愛に打たれて歴史家は歴史を書き、志士は歴史を創る。私は、静かにこのサイトを書きつづけよう。  9.17

 最近、文庫版で出版された井筒俊彦さんの「大乗起信論」の哲学を読む。これは、驚いた。いずれこのサイトで触れてみたいと思う。10.8

 先験哲学への道 上稿 10.11


 大乗起信論ノート 作成開始 10.26


 同一哲学 上稿   カウント数 500 ありがとうございます。11.5


 コスモスの詩作成中で、こちらの手が止まっています。カウント780ありがとうございます。今日E.マイアーの「これが生物学だ」を買いました。前書きあたりしかまだ読んでませんが、この人に対して誤解していたことが解け、よかったと思いました。 11.28


 コンテンツの左にラベルつけました。コスモスの詩を Cosmos flaver として公開しました。   12.6


 学問論のノート一応完結させました。残りの章も、書いてみたいと思います。現在1100件越えてますね。ありがとうございます。本当は掲示板をつくって、批評を受けたいと思っているのですが、なかなか。 12.24


   学問論「物理学と化学の研究について」書き出しました。ちょっと苦労しそう・・。1200件自分で踏んだ。 12.27


 学問論「第一講」を書きました。シェリングの肖像の一番右にリンク設置しました。やはり与えられている世界をそのままそうした世界と見るだけが人間の使命ではなく、限りなく理想を求めその理想を敷衍させてゆくことに人間の使命があると思いました。その個人が見た夢が、自我を増長させ周りを害したとき「悪」とよばれ、多くの人に普遍化され憩わせるものを「善」とよぶのでしょう。大晦日に、よき本を読む時間を与えてくださったことを感謝致します。
 この書籍を含め、シェリングの著作で日本語で読めるものは数が知れています。全集は製作中と聞きましたので楽しみです。 12.31


 カントの目的論書きました。 2002.1.19


 ヘーゲル自然哲学1をのせました。書いているうちに、自然哲学まで書ききれないでその前で終わっていましました。いままでかなり苦痛であった哲学書も、いまでもまだ苦痛ですが、面白く読める時間が増えました。現代の諸科学は、やはりカントの純粋理性批判の範疇で収まっている、物自体の世界へと踏み込んでゆけていないのだと思います。アインシュタインも、スピノザの神ではなく、シェリングやヘーゲルの説く神を信仰していれば、宇宙項を組み込む失敗はなかったかもしれません。
 進化論、あとは「時間」の理解にかかっていると思います。昨日彼女に会った場所へ行ってみよう(もしかすると会えるかも)。しかし、会うことはまずないですね。だって、その場所に行くのは未来なんですから。過去が、この世界になくて、心の中にあると知ったら、進化論は変わるだろうなぁ。
 せっかくヘーゲルらが建てた観念論が、ブルジョワの哲学と引き倒され、史的唯物論が勃興したことで、ずいぶんと私たちは時間を食い潰したようだ。本を読めば、ニュートンも別に物質から哲学を考えたわけでもない。感覚によって得られた材料、先入観などから覚醒し、それらの奥にあるものから考えはじめなくてはならない。                   2.26
 

 なんと久々更新! もう一度まとめて書き直したいなぁ。 2003.6.19


 

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