シェリング − 机の中の横顔

 ホームページのトップには、哲学者としてのシェリングの概略を『西洋科学史』から引用して紹介しました。ここに、『キリスト教神秘主義著作集 16』という本があります。最近購入したばかりなのですが、ここに、「クララとの対話 自然と霊界の関連について」というシェリング生前には未発表の原稿があります。
 導入の言葉をそのまま紹介しますと、「本書は、妻カロリーネの突然の死(1809年9月)の衝撃の中で、その悲しみを乗り越えるという個人的動機によって、まず著者自身のために書かれ、未完のまま遺稿として発見されたものである。死や霊界や精神や霊魂を話題にした、ひとりの女性を中心とする対話を通して、死の衝撃は、死と霊界についての深い理解へといわば浄化されている。カントやフィヒテの哲学、ベーメやスウェーデンボリ(スウェーデンボルク)やエーティンガーの思想、民衆の思想などのさまざまな見方が対話のなかでゆるやかに並べられ、概念言語による哲学体系とは異なる、イメージ豊かな詩的哲学作品が生み出されている。」とあります。

 この手稿は、1809年から1812年頃執筆とありますから、シェリング34、5歳の作品です。シェリングは、「初期は哲学者として令名をはせたが、晩年は神秘主義思想にとらわれ・・・」的な紹介がされることもありますが、シェリングの最初から最後まで貫いた情熱は、神と神に創られた自然へ向かうものであって、その知的活動の源泉は何度か訪れたであろう神秘的な経験に違いありません。

 同書の紹介に、「『わが哲学体系の叙述』によって、精神と自然の根底に無差別な同一性としての絶対者を考える「同一哲学」に達したシェリングは、そののち次第に宗教的傾向を深めていく。1806年にミュンヘンに移り、バーダーと親しく交際するようになったことは、シェリングのその後の哲学にとって大きな意味をもった。彼らは、ベーメやエーティンガーやスウェーデンボリの思想、錬金術や降霊術への関心を共有していた。」ともあります。

 もっと読み込んでから紹介文を書きたいと思いますが、「大気が動くと、ベンチのうしろから急斜面の上まで一面を森のようにおおっていた林檎の木から、ひとひらふたひらと枯れ葉が舞い落ち、クララの膝や髪にそっと降りかかっていた。クララ自身は気づいてもいないようだったが、これを見た私は、クララが昨年の春、同じ林檎の木の下で花吹雪を浴びて座っていた対照的な光景を思い出した。」など、おそらく訳がすばらしいからというのもあるのでしょうが、とても美しい文章が並び、全体が今までにない読みやすい日本語になっています(訳は中井章子さん)。私もシェリングの理解に、一つの大きな自信を得ることができた一書となりました。
 シェリングの横顔を知るためにも、お奨めの一書です。

 

2004.10

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