自然哲学の小径


 今思えば、適当な題は「自然哲学への小径」だったかもしれません。
 ここでは、ほぼフィヒテの著書『浄福なる生への導き』の紹介、要約、感想になっています。
 今西自然観や自然哲学を認識するための精神的修行の一端として、フィヒテの著書を紹介させていただきましたが、最初から、神や信仰を前提として話をすすめているので、現代の人にとってはより狭き門になってしまったかもしれません。ヘーゲルからは、もっと万人共通の境地から導いてあげなければ親切ではないですよと、いわれるでしょう。
 ここで述べていることは、無我修行です。その点、仏教で説く八正道のほうが、よりスムースに自然哲学の道へと誘うことが出来たかもしれませんが、同じドイツ観念論哲学者であるシェリングと平仄を合わせて並列させました。
 自己の精神力を喚起して、自然の精神を観ていただきたいと思います。

 そこで観られた一部は「Cosmos flavor」に続きます。
 

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